旨いものを喰おう

喰いましょう。さぁ。

愚眼を閉じ旧き善きを棄つらず浸す事哉

過去にいいと思ったものは、何回も見ればいい、聞けばいい、味わえばいい、何でそれに気がつかなかったのか?新しい消費、新しい知識、新しいスキルばかりを追い求めるよう仕向けられた社会的ラットの末路が、自分の幸福よりも経済の活性化、自分の満足よりも他人の利潤、自分の達成感よりも組織の目的達成にひたむきに突き進むようになりんしゃった?

 

なぜ新しいものばかり追い求める必要がある?モノが売れるからだろうが、サービスが売れるからだろうが、経済が回るからだろうが、それは誰のためか考えて見?自分のために、自分を満足させるために金を時間を体力を使えなくなったら終わりぜ、何のため誰が為に生きとるのか?それでいて生きる意味はどこにいると問うている戯けに?

 

脱・戯け宣言を高らかに、堂々と思い出に浸ればいい、同じものを、慣れ親しんだ安心を、ハズレを引くリスクのない安碑を、しゃぶり尽くせばいい。馬鹿げるな?なぜ不必要な血を流してまで新しい退屈に手を伸ばしていた?自分を成長させるため、新しい学びを得るため、という出来杉的価値観をビジネス界隈の愚人に植え付けられたから?若さゆえの方向性を欠いた上昇志向が自尊心を底上げしていたから?

 

例えそれが老いであっても、安寧が約束された娯楽に手を伸ばせ、自分の殻など破るな?どこまでも蔓延る的はずれな流行を受け入れる愚眼を閉じ、自分のアイデンティティを破壊することの無い価値のある過去堆積物の中に埋もれ己を肯定する術を持て?何度捨てても甦るほどの強烈な自己肯定を産み出す芸術に触れてきた事実を、棄つらずに開眼し追体験する毎日が満足であるが是であろう?