旨いものを喰おう

喰いましょう。さぁ。

何故異質のものを同一視して語りたがる摩訶不思議なりや?

就職先を選ぶのは結婚相手を選ぶようなものだと言う人いるじゃないですか。あれ違うと思うんですよ。おかしいと思うんですよ。誰がなんと言おうと。企業と結婚相手を同列に考えちゃいけないと思うんですよ。それは滅私奉公みたいなおかしな考え方の名残なんじゃないかと。御国のために自分の命を捧げる、という考え方の元に。それが間違っているかどうかはわからないが。この現代社会において。企業が、一企業が、生涯のパートナー・自分の所属を示すもの・生きがい・よりどころとなりうるだろうか?何じゃそりゃ気持ち悪いな~ぁい。

 

一個人はあくまで一個人であってほしいと思うんですよ。土日とかに。ファミレスで飯を食うているときに。そなたは一社員として、企業人として飯を食うているのかと。そのライスを口に運んでいるのかと。ライス大盛を頼んでいるのかと。否だろう?企業という肩書きを離れた一個人だろうが。或いはファミリーライフにおける何らかの役割を与えられたそなたであろうが。企業人としての役割を離れて自分らしい生き方を反映しているからこそのライス大盛なんじゃないのかと問うているんだ~ぁい。

 

では御国のために命を捧げた過去の群雄が間違っていたというのか?これは否であるとは一概に言いがたい難しい問題である。では企業のために人生を捧げる現代の人間がいたら?これは間違っている可能性が高いと声を大にして言ってみてもいいかもしれない。楽しいか?企業のために?家庭を犠牲にする人生?出生率を下げる国?ライス大盛を躊躇する国?何故人間として生まれてきた以上?とにもかくにも、人間は企業人である前に一個人として日々のライフを楽しんでいただきたいと思うのであるが?