旨いものを喰おう

喰いましょう。さぁ。

仕事とは?ワークとは?労働とは?

「なぜ働くのであろうか」という問いに対する答えと、「何故昨日の晩ご飯はサバの塩焼きにしたのか?」という問いに対する答えは同じくらい難しい。回答の難しさと、質問の重要性は比例しない。つまりこのBlogの書き出しは駄文である。

 

「地球上で最初に働いたのはだれか?」こう問うてみてはどうだろうか。それを知ったからとて、働きなりワークなりワークマンなりの本質に近づくことができるのであろうか?ワークマンを知りたければ店舗を訪れるがよい。吉幾三のCMソングを歌いながら闊歩して入店せよと言っているのである。

 

労働、というとなんだか汗臭く薄暗く、辛いもののように聞こえてきますね。蟹工船。でも、モヤモヤさまぁ~ずに出演して町をブラブラすることも、労働と呼ぶことができるのだよ。別に彼らが楽をしていると言っているのではない。狩野アナと大江アナの比較がしたいわけではない。私が問うているのはただ、テレ東の女子アナで今一番輝いているのは誰なのか、という命題である。

 

否。働くということについて考えているのであった。企業規模、勤務形態、給料・・・。そういったものは、その人の人間性にどの程度影響を与えているのであろうか?それとも、備わっている人間性がその仕事を選んだ?その両方?はたまた、まったくもって偶然の産物?では志望動機とは何か?仲間と楽しくやりたいという価値感の人間の取って、企業に応募する際の動機は重要か?

 

休日ということばは、仕事に対する休むという概念からきている言葉であって、では反対の平日というのは、仕事をしている状態、つまりこれは平常な状態だといっているのであろうか。平常。普通。通常。仕事をするのはあたりまえ、みたいな雰囲気が漂っており、仕事をしなくてよい日を休日としたのか。休息は仕事のためにあるのか、それとも仕事は休息のためにあるのか?

 

村上春樹の小説で印象に残っている言葉がある。「俺は一体こんなところで何をやっているのだろう?」「僕は、結局、どこにも行けないのだ。」の2つであり、これは来週のサザエさんでお送りするのはあまりにも荷が重過ぎる。しかしこの2つはこのブログを締めくくろうと思ったときの心模様をよくあらわしている。