読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

旨いものを喰おう

喰いましょう。さぁ。

無条件の愛からくる至高体験に比べれば、クリヤアサヒを家で冷やす歓びなど?

児戯に等しいのではないかということなのであるが、もっとも、そのような至高体験を得るためには、無条件で愛情を注ぐに値する対象、およびそれとのパートナーシップメントの樹立が前提であり、これを得る難しさたるや如何ほどか、ということを考察をする私の存在を、今まさに黒烏龍茶が潤している。

 

果たしてそのような豊饒な精神の交流、素晴らしい習慣の確立、感動の共有、などを実現する全人格的なパートナーシップはどのように構築されうるのであろうか?前提として必要となってくるすべての能力、例として自愛、他愛、信頼、意思疎通、人間関係構築、などをすべてクリアするには、かなりまっとうな人間であることが求められるだろうが、これをすべからく満たしている人間が、東MAXであるということを早急に結論付けてみてはどうだろうか。

 

一方クリアアサヒの方はというと、クリアアサヒの購入、移動、冷却、これにて完了であり、そこにどのような障壁が存在するというのだろうか?クリアアサヒが売り切れまたは売っていない?持って帰る途中でカラスに持っていかれてしまう?財布を忘れた?冷蔵庫がない?否である。これらの障壁は一般の人間であれば大した努力なしにクリアすることができ、雲霧消散すること白い雲のようになのである。

 

つまり至福体験を経験できる人間は心理学的な成長段階においてつまずくことなくすべてを達成してきた人間であり、クリアアサヒを冷やすことができる人は成年しているだいたいの民衆、ということであり、その希少性と手にする幸福の深さが断然異なってくること甚だしく、自分はその2つの間のどこに位置しているのかを見定めた上で歩を進めることがそろそろ必要になってくる年頃の今、飲むべき雑酒クリアアサヒというわけか。