旨いものを喰おう

喰いましょう。さぁ。

不足してはいないか、根源に関わる人としての能力が?

はてさてそもそもダイアリーとは、ブログとは、その違いを認識するに至らないままにブログを開設する軽々しさも甚だしく、徒に手を取り何をしたためようとしているのだろうか?否、今回は明確な意図をもってこのようにキーボードに打ち込まなくてはならない原動力たる何かしらの感慨がひとつ、ついさっき生まれたのである。

 

テレビ朝日のそれである。特番である。録画である。いわゆるひとつの、幸せの形とそのプロセスを紹介する代物である。結婚とは?愛情とは?家族とは?そんな問いが脳内でジャブとして繰り出され思い浮かべるは具志堅用堅であり、今私は、手元にポテトチップスがあればいいなあ、と考えている。なぜなら、繰り返される自分への問いかけが空腹を誘発しいい感じを醸し出しているからで、ちなみに今、ポテチを喰っている人はいますか?

 

その特番をして私を感慨に至らしめたそれは、表題のとおり根源にかかわる人としての能力、それが自分に存在しているのかと、切に問い詰めているのであり、私はそれを目の当たりにしてもう自分は今まで何を身につけてきたのかと思うにつけ、なおさら今すぐにポテチの袋を求めてやまないのである。ほら吹き用堅、などと全く関係のないことを思い浮かべてしまい私はもう末期的にポテチを欲していると言えよう。

 

このようなポテチへの欲求に至らしめた脳内の過程、あるいは特番の感想というものを秘密の小箱的なそれに格納されたる普通紙に認めてもうこれ十分、としてもよかったのであろうが、その過程をミミズのような字で書きなぐるだけでなく、興味本位で人目がふれるところに公開し、なおかつ後で振り返られるように残しておこう、と思ったことが、この記事の存在の言い訳として、後に削除ボタンを押そうとした際の抑止剤としてはたらくのである。