旨いものを喰おう

喰いましょう。さぁ。

これが日記か

「活きてる活きてる〜。赤が活きてる〜、」なんてことを思ってますけど、壁紙に対してですからね。服じゃないですよ。衣服に対して、評価するなんておこがましい、そう思っているふしが私にはあるようだ。どうせ衣服なんて社会性の一種なんだから、どうでもいいんじゃないでしょうか、なんていいつつも、自分が着ることの出来る服は極端に少ない。如何なる主義主張も含んでおらず、個性を主張しない服、というのが好ましいのだが、いや、違うな。服なんてやはり別にどうでもいいな。

たとえ正しい怒りであっても感じるのを諦めたし、一生自分のことだけを考えて生きていっていただきたいと、実際そう思うし、それが悪いことだと思うのもエネルギーの無駄だ、なんて書くのは自分らしくない、ということは、ああ、今俺は日記を書こうとしていたのか。これが日記か。そうなのか。誰も読んでないことを前提に書く日記は、果たして意味があるのか、なんて今更思い起こすのは笑止千万であり、それでも筆が進んでいる自分は少し変だ。ゆるふわコーデだ。おしゃれにインターネットをしてる証拠だ。

待ちたまえ待ちたまえ。書くにしろ話すにしろ、耳障りの良い事だけを発するようにして、否定的な意見はユーモアと逆説で何重にもくるんで論点をぼやかし、何だかわけのわからないオブジェみたいにして相手に伝え、自分の本心が見えないようにするのが自分のやりかたじゃなかったのか〜い?日曜の夜中3時くらいになるとTwitterで狂い始める人がいますけど、自分も夜型だったら、そういうことをしていたんじゃないかと思いますよほんとに。

じゃあなんだ、この文章は何の鍛錬であるのか。思考か。ユーモアか。表現力か。精神か。否、鍛錬やスキルアップを目的として文章を書くことは俺の望む所ではない。ぐるナイで言うなればノゾミールである。佐々木希、ということなのだ。インプットをしてアウトプットをして思考の次元を上げていこう、という考えはもっともであるのだが、俺はもう自己啓発を全面に押し出した生き方をしないと決めたのだ。ただそれだけのことなんだよ。

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